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半分気楽に半分まじめに(*´ω`)

「数学する身体」森田真生

書店に行きタイトルを見たとたん、びびっときた。

手に取り、目次をみると…

「道具の生態系」「人工知能」「風景の始原」「「情と情緒」」など。

 

明らかに数学それ自体ではない。数学の歴史と数学の裏世界。数学の哲学、または数学的自然とも呼べるものについて話題にしている。とっても魅力的に感じた。

 

 

この本について

この本はおもに数学(哲学)の再認識と現代の人間観の再構築を話している。

そして数学と身体は一見矛盾があるようみえるが、著者は数学史と認知科学によるアプローチと文学によるアプローチによって、この矛盾を乗り越えようとしている。また数学をし、数学を体験し、数学の自覚することの重要性と数学とは何かという問いを我々に明示している。とても美しい文字で描かれていて美学を感じた。

 

個人的に面白かったことや気に入った言葉など

  •  mathemathicsはギリシア語のマテーマタに由来し、我々のいう「数学」よりも広範囲を示す言葉であった。

 

  • ハイデッガーのいう数学とは、知らなかったことを知ろうとするのではなく、初めから知ってしまっていることについて知ろうとすること。

 

  • はじめは紙と鉛筆を使っていた計算も繰り返しているうちに神経系が訓練され、頭の中で想像上の数字を操作するだけで済んでしまうようになる。すなわち「身体化」されていく。

 

  • 荒川修作「君たち、太陽が素晴らしいと思ってるだろ!そんなに素晴らしいなら、なぜつくろうとしない?俺は百兆円あったら、太陽をつくる。二つ目の太陽をつくるんだ。あっちで太陽が沈んだと思ったら、またこっちから昇ってくる。そしたらどうなる?…変わるぞぉ」

 

  • 岡潔「過去なしに出し抜けに存在するひとというものはない。その人とはその人の過去のことである。その過去のエキス化が情緒である。だから情緒の総和がその人である。」

 

  • 数学=数式と計算というイメージは近代の西欧数学。

 

  • 古代ギリシアの数学者は図と自然言語を生かした定型表現が道具であった。

 

  • チューリングは「心」と「機械」を架橋する手がかりを数理論理学の世界に見出したのだ。

 

  • 小林秀雄「万葉の歌人等は、あの山の線や色合ひや質量に従って、自分達の感覚や思想を調整したであらう。」

 

  • デカルトが見た幾何学の風景、カントールやデデキントが見た連続体の風景、岡潔が見た多変数解析関数論の風景。数学者の前には、常に風景が広がり、彼らはそれに目を凝らし、それをより精緻なものにせんと、まるで風景に誘われるようにして、数学をするのだ。

 

  • 脳は人が経験する世界の一つの原因であるとともに、人が様々な世界を経験してきたことの帰結でもある。

 

  • 芭蕉   秋深き隣は何をする人ぞ

 

  • 岡潔「小川のせせらぎを構成する水滴の描く流線や速度はいずれも重力その他の自然法測によって決定されている。しかし、その水滴の運動を人間が計算しようと思えば、厄介な非線形の偏微分方程式を解く必要がある。ある程度の近似を許したとしても、現実的な時間内でそれを正確に解くのは難しい。にもかかわわず、小川の水は流れている。これはいかにも不思議である。」

 

  • ヴェイユ「数学は零から」岡「零までが大事」

 

  • チューリングが心を作ることによって心を理解しようとしたとするならば、岡のほうは心になることによって心をわかろうとした。

 

岡潔についてもっと知りたくなりました!人工知能についてより学びたくなりました!これからは文系理系で区別しないようになってほしいですね。

ぜひ読んでください。


数学する身体 (新潮文庫)

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