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半分気楽に半分まじめに(*´ω`)

企業家の話を聞いて考えたこと

数日前、企業家のお話を聞かせていただきました。匿名ながらいいお話をありがとうございました…!

自分のような保守的な人間が共感することはあるのかと不安に思いながら、聞いていたのだが、とても参考になる言葉が数多くあった。

 

 

企業家の方と弁護士の方が来ていたわけだが、お二人ともに大切にしていることとは、

 

「止まるんじゃねえぞ…!」

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「つながりは大切にしなはれ…!」

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これだった。

至極単純でなおかつ、一般的だなぁと感じた。

 

ある意味企業家や弁護士のお仕事をひどく遠い存在のように感じていたのかもしれない。ただ一般的だなぁと感じたのは少しだけショックで、近い存在に感じて嬉しさもあったのかもしれない…

 

  やり続けることについて

ひたすらやり続けることというのは、一般人にとって非常に難しいものだと思う。コレやらなきゃと思っていても、やりたくねえ…という、ちょっとした不安とともに、一瞬で諦めてしまう人間が非常に多いだろう。ちょっとした努力が集積して初めてホントの能力を獲得できるんだなと感じた。一か月続けることさえ、人間は苦労するので数年と何かを続けることは非常に大切だと感じた。

 

  つながりについて

特に弁護士の方も大切にしているのが印象的だった。淡々と仕事をこなしていくイメージが強かったので少し驚いた。あと大切なのは、つながりが形成されていくのは一度ではなく、二回目からが本番だということだ。

 

 

 話を聞いて考えたこと

話を聞いていて考えたことは、最近でもよく議論されがちな「スペシャリスト」と「ジェネラリスト」のどちらが社会に求められているかという問題についてだ。

 

大学生で、工学部の我が身としては当然スペシャリストになりたいと感じているわけだが、どうも現代社会はジェネラリストを求めがちなのではないか?と大学の意義さえ疑ってしまうほどである。

 

ここでもう一度彼らがどのような人なのかを考えてみると、当然ある分野においてスペシャリストであり、多くの成功と失敗を積み上げている。さらには、あきらめずやり続けて他の分野の方々を尊敬し、つながりも大切にして、なんでも卒なくこなすような方たちだと感じたのだ。つまりジェネラリストでも有り得る

 

何が言いたいかというとスペシャリストがジェネラリストの仕事をやれることが大切で、このような人々が社会を構築していくほうが良くなるはずである。しかしながら、現代日本では、なんでもそこそこ仕事できるけど一つの突出した技能を持とうとせず、他者の言葉に耳を貸さないような人間が、管理職や社内方針を左右させるほどの権力を持っている場合が多いのではないだろうか?

 

この矛盾とともに、若い人間はお金を得るためにジェネラリストを目指し、大学等ではそれなりに教授や先生の授業だけを学び、突出した技能を付けようとしない人間が多くなり、日本社会は「この技術良くわからん」という暗黒になっていくのかもしれない。

 

起業家の方々の話を聞いて、私はこの不安がよぎってしまった。若い人たちも、年上の方々とのつながりを断ち、ゲームに明け暮れている人が多いような気がしてならない(私も一概ではない)。

 

 

私は社会が良くなってほしいなどという、おこがましいことは思わない。それでも令和になってからの歪さの変化の無さには呆れるばかりだ。

 

みなさんはこの世界がどのように見えているのでしょうか?

 

 

 

 

 

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